大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 平成4年(オ)602号 判決

主文

原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。被上告人は上告人に対し、別紙物件目録(三)記載の建物を収去して、同目録(一)、(二)記載の土地を明け渡せ。訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由について

一  原審の適法に確定したところによると、(1) 上告人は、平成二年一一月五日、別紙物件目録(一)、(二)記載の土地(以下「本件土地」という。)を競売による売却により取得したが、本件土地上には、同目録(三)記載の建物(以下「本件建物」という。)が存する、(2) 本件建物は被上告人の夫である篠崎市太郎の所有であつたが、同人が昭和五八年五月四日死亡したため、被上告人が相続によりこれを取得してその旨の登記を経由した(記録によると、登記を経由したのは同年一二月二日である。)、(3)被上告人は、同年五月一七日、本件建物を横山久国に代金二五〇万円で売り渡したが、登記簿上、本件建物は被上告人名義のままとなつている、というのである。

本件訴訟において、上告人は、本件建物の所有者はその所有権移転登記を有する被上告人であり、同人が本件建物を所有することにより本件土地を占有していると主張して、所有権に基づき本件建物収去による本件土地明渡しを求めるのに対し、被上告人は、横山への売却により本件建物の所有権を失つたから本件土地を占有するものではないと主張するところ、原審は右事実関係の下において、被上告人の主張を容れ、被上告人が本件建物を所有し本件土地を占有しているとの上告人の主張は理由がないとして、上告人の右請求を棄却すべきものとし、これと同旨の第一審判決に対する上告人の控訴を棄却した。

二  しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

1  土地所有権に基づく物上請求権を行使して建物収去・土地明渡しを請求するには、現実に建物を所有することによつてその土地を占拠し、土地所有権を侵害している者を相手方とすべきである。したがつて、未登記建物の所有者が未登記のままこれを第三者に譲渡した場合には、これにより確定的に所有権を失うことになるから、その後、その意思に基づかずに譲渡人名義に所有権取得の登記がされても、右譲渡人は、土地所有者による建物収去・土地明渡しの請求につき、建物の所有権の喪失により土地を占有していないことを主張することができるものというべきであり(最高裁昭和三一年(オ)第一一九号同三五年六月一七日第二小法廷判決・民集一四巻八号一三九六頁参照)、また、建物の所有名義人が実際には建物を所有したことがなく、単に自己名義の所有権取得の登記を有するにすぎない場合も、土地所有者に対し、建物収去・土地明渡しの義務を負わないものというべきである(最高裁昭和四四年(オ)第一二一五号同四七年一二月七日第一小法廷判決・民集二六巻一〇号一八二九頁参照)。

2  もつとも、他人の土地上の建物の所有権を取得した者が自らの意思に基づいて所有権取得の登記を経由した場合には、たとい建物を他に譲渡したとしても、引き続き右登記名義を保有する限り、土地所有者に対し、右譲渡による建物所有権の喪失を主張して建物収去・土地明渡しの義務を免れることはできないものと解するのが相当である。けだし、建物は土地を離れて存立し得ず、建物の所有は必然的に土地の占有を伴うものであるから、土地所有者としては、地上建物の所有権の帰属につき重大な利害関係を有するのであつて、土地所有者が建物譲渡人に対して所有権に基づき建物収去・土地明渡しを請求する場合の両者の関係は、土地所有者が地上建物の譲渡による所有権の喪失を否定してその帰属を争う点で、あたかも建物についての物権変動における対抗関係にも似た関係というべく、建物所有者は、自らの意思に基づいて自己所有の登記を経由し、これを保有する以上、右土地所有者との関係においては、建物所有権の喪失を主張できないというべきであるからである。もし、これを、登記に関わりなく建物の「実質的所有者」をもつて建物収去・土地明渡しの義務者を決すべきものとするならば、土地所有者は、その探求の困難を強いられることになり、また、相手方において、たやすく建物の所有権の移転を主張して明渡しの義務を免れることが可能になるという不合理を生ずるおそれがある。他方、建物所有者が真実その所有権を他に譲渡したのであれば、その旨の登記を行うことは通常はさほど困難なこととはいえず、不動産取引に関する社会の慣行にも合致するから、登記を自己名義にしておきながら自らの所有権の喪失を主張し、その建物の収去義務を否定することは、信義にもとり、公平の見地に照らして許されないものといわなければならない。

3  これを本件についてみるのに、原審の認定に係る前示事実関係によれば、本件建物の所有者である被上告人は横山との間で本件建物についての売買契約を締結したにとどまり、その旨の所有権移転登記手続を了していないというのであるから、被上告人は、上告人に対して本件建物の所有権の喪失を主張することができず、したがつて、本件建物収去・土地明渡しの義務を免れないものというべきである。

三  そうしてみると、本件建物の譲渡を理由に被上告人は本件土地の占有者に当たらず、建物収去・土地明渡しの義務を負わないとした原審の判断には、右明渡義務が認められる場合についての法令の解釈適用を誤つた違法があり、右違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、その趣旨をいう論旨は理由があり、原判決は破棄を免れず、前示事実関係に照らせば、上告人の請求は認容すべきものである。

よつて、原判決を破棄し、第一審判決を取り消した上、上告人の請求を認容することとし、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大野正男 裁判官 園部逸夫 裁判官 佐藤庄市郎 裁判官 可部恒雄 裁判官 千種秀夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例